”for you” 前夜の話
前作 “...and the SOUL remains” の反響は、ぼくにとって生まれて初めてと言っていい類の嬉しい手応えだった。なんと言っても新鮮だったのは、CDを買ってくださった方全員の顔を覚えられるハンディな規模感。それはまるで生まれ育った町内での商いのような、ちょっと恥ずかしいくらいに親密で、確かすぎるほど確かなリアリティだった。メジャーレコード会社にいた頃の、イマイチ実感の沸かない数万枚の売り上げとは心に訴えかける強さがまるで違った。もちろんこれは良し悪しの話ではない。レコード会社や事務所には膨大なスタッフがいて、彼らはぼくのCDを一枚でも多く売らんと尽力してくれていた。言い換えれば当時のぼくは彼らの人件費の分もCDの売り上げで稼がねばならなかった。だが、今回のようにほぼ一人でCDを作ったなら、ぼくひとり食える分だけを稼げればいい。
週末がくるたびに自分で車を運転して全国の会場に赴き、楽器をセッティングしてリハーサル。ライブをし、終わったらCDの即売、寝て起きたら次の土地へ…そんな日々の中で何もかも自分主体でやるからこその苦労は少々あれど、迎えてくれる会場の皆さんや買ってくださる皆さんの顔が見える喜びは全てに勝る。ぼくのライブに何かしら感じてくださったからこそのCDの売り上げは、確かな確かな重み。音楽家は聴いてくださる皆さんひとりひとりに生かされているのだということがほんとうに身に沁みる。
そういうわけだったので、前作に引き続き、もう一枚ライブ会場限定発売CDを作るのはとても自然なことだった。去年ライブに来てくれたあなたにまた季節のご挨拶を…そんな気分だ。
デビューの頃からずっと聴いてくれてるひとがいる。
友達に誘われてライブに来てみたひとがいる。
ライブ告知をSNSで見かけたので予備知識なく来てみたひと、週末の面白そうなものを探してたどり着いたパーリーピーポー、あの人の兄だというので来てみたひと、タマフルを聴いて知ってくれたひと、お母さんと一緒に来た娘さん、ミュージシャンを目指す若者、ダンサー、DJ、美容師、タバコ屋、騒ぎたいだけの酔っ払い、…さまざまなひとがぼくのライブに集まってくる。その全てを満足させることは出来ないかもしれないが、何か心に残るものを持ち帰ってもらえたらといつも願っている。そして、また次の年もライブの場で再会できたら最高だ。
前作は、久しぶりに出したアルバム(個人名義では10年ぶり!)ということである種ご祝儀的な心持ちで買ってくださった方も多かったはずだが、今回は二度目ということで作品の質がもっとシビアに問われるだろう。そういう意味ではとてもシンプルで気持ちのいい世界だ。素敵なものにお金を払う。ただそれだけ。
いまこの文章は、出来上がったばかりのCDを目の前に置いて…つまり、まだ一枚も売れていない状態で書いている。あなたの心に届く作品が作れただろうか?確信はない。ないけれど、ベストは尽くした。どうか、届きますように。このアルバムを、あなたに捧げます。